おはこんばんにちは。いまいちリーマンです。
先週の投稿から間を空けずになんとか投稿できました。
もうすでに、ギリギリ崖の上をいくようにフラフラしちゃっている感じです。
さて、かなり遅れてしまったのですが、映画「ひゃくえむ。」をNetflixで観ました。
NetflixでWBC(=World Baseball Clasic)が独占放送だったので、
同じく独占放映の「ひゃくえむ」も同じタイミングで見ようと思っていたわけであります。
WBCがノックアウトステージ初戦でベネズエラに負けてしまったのは残念ですが、
気になっていた「ひゃくえむ」を観ることができましたので、まあ良しとしています
映画「ひゃくえむ。」の感想
正直な感想としては、「ひゃくえむ。」は“人生を賭ける覚悟”を問われる作品でした。
「ひゃくえむ。」の作者は魚豊先生です。
魚豊先生といえばというと、「チ。」が有名かと思います。かくいう私もチ。を見て知り、それより前に描いた作品と聞いて興味が湧きました。
映画ひゃくえむ。は原作漫画があるのですが、まずは原作を見ないで映画を視聴しました。
チ。とひゃくえむ。を観て感じたことは、魚豊先生の描く作品は、”生き様”をテーマにしているということ。
例えば、チ。では”人に何かを託す”ことを人生の目的と置いている描写が多く描かれました。
象徴的なシーンとして、グラスがオグジーに言った言葉。
私が死んでもこの世界は続く。だったらそこに何かを託す。それが喪失まみれのこの世界から生まれたある種の希望だ
肉体は死んでも、託した思想・言葉・もの・技術は現世に残る。そして現世に残った人がまた、次の世代に託していく。人が人に託すリレー(それを目的とした人々の生き様)をテーマにしている印象が強く残っています。
「チ。」との違いから見るテーマ性
対して、ひゃくえむ。はどうか?
個人的には、チ。は全員が託すリレーの参加者でしたが、ひゃくえむ。は登場人物が十人十色の生き様を示してくれています。
例えば、財津からアドバイスをもらって練習する小宮と経田にこんなやりとりがありました。
経田「君は陸上を辞めるべきだ。〜中略〜 君のイップスは君の身体の最後の抵抗だったんだ!いつか陸上に殺される」
小宮「わかりました。僕でも一瞬なら栄光を掴めるということですね」
目の前の苦しみなんか気にせず、現在の自分を犠牲にしてでも未来の自分に託すという生き方を選んだのは小宮の生き方なのでしょう。
一方で、トガシの場合はどうか。
トガシと似たような境遇の人は、現実世界にもごまんといることでしょう。
幼少期にスポーツで天才と言われた人でも、プロになれなかった人は多くいると思います。
常に1番だった人が、周りの才能の台頭に負けてしまう瞬間があるのでしょう。私は同じ境遇になったことがないのでよくわかりませんが。ただ、ずっと1番であり続けることの難しさは少しくらいはわかります。そうなるために、尋常ではない時間が必要だということも。
だからこそ、子どもたちに向けた
全てを賭けなくたっていいんだ
につながるのだと思います。
途方のない時間をかけても、常に周りからの恐怖に怯えながら過ごしてきたトガシだからこそ重い言葉になると、そう思いました。
印象に残った名シーン
個人的に好きなシーンは、よく切り抜きで使われていて有名な財津の母校訪問のシーンです。
栄光を前に対価を差し出さなきゃならない時、
ちっぽけな細胞の寄せ集めの人生なんてくれてやればいい
財津も言っているように、人はいずれ死ぬ。
私の中では、いずれ死ぬのだから、ちっぽけな細胞の寄せ集めの人生なんてくれてやればいい。
につながっています。
そんなことを意識していても、いろんなタイミングで心のブレーキはかかります。無意識に。
人に注目される場面は緊張するし、前にも出たくない。
人はいずれ死ぬし、10年後にはそんなことを覚えてもいないことなんてわかっているのに。
まとめ|この映画はこんな人におすすめ
「この作品はこんな人におすすめ」
・何かに本気で打ち込んで、挫折した経験がある人
・人生の方向に迷っている人
さて、どうやって締めようか迷いますが
自分の人生のゴールはをどこに置くか?を30歳近くになって考えるようになりました。
1日1日と着実に向かっている死の方向へ、何を持って満足と言えるのか。
チ。のように人に託すものもなければ、ひゃくえむ。のように自分に賭けれるものもない。
私はこの世界に何を残せるのか、自分に何を賭けるのか。
私にとっては永遠の命題として残り続けている。
この映画は、私にとってはドンピシャな映画でした。
以上

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